【書評】「イスルイン物語 I 」~ありそうでなかった聖書ファンタジー~

2018-11-29 07.49.56

(ライフストーラー企画代表 山田の個人ブログからの転載です)

クリスチャンの一人出版仲間、エシュルン出版の大塩さんが出版されたファンタジー。新約聖書をそのままファンタジーにというコンセプト。辛口でもいいから読了を書いて欲しいと言うことで喜んで読ませていただきました。

一番の感想は「ありそうでなかったぞ、このアプローチ!」。ゲド戦記やナルニア、ハリーポッターなどファンタジー小説は多々ありましたが、実は個人的にはどれも聖書に少なからず影響を受けていると思っています、あるいは聖書の声がこだましている。それは「聖書の価値観を投影している」ということだけではありません、それに対する反発であるとか批判であるとかそういうものも含めて「影響を受けている」ということです。

有名なC.S.ルイスの「ナルニア国物語」は確かにかなり「キリスト教的」ですが、それでも「聖書の物語を伝える」というよりは「聖書の世界観をファンタジーの世界に映し出した」、換言すれば「写像」である思います。ところがこの「イスルイン物語」は聖書の世界観を全く違う次元の世界にぼんやりと写し取る「写像」ではなく、どちらかといえば「語り直し」、あるいは「パラフレーズ」のような印象を受けます。でもだからといって聖書から離れすぎないようにと硬直することもありません、大胆に自由に物語が展開されています。古代イスラエルがエルフの世界として描かれていたり、使徒ヨハネに相当する人物が「盲目」になっていたり、ペテロに相当するシリオンと言う人物と配偶者との葛藤にフォーカスがあたっていたり…。

このように「○○に相当する」と言えのがパラフレーズたる所以で、聖書をよく知る人にはそれぞれのエピソードから元となる聖書箇所を想起できるわけです。これが私が「ありそうでなかった」と思う所以です。

ちなみに、このシリオンという登場人物には著者の思いが一番こもっており、著者自身が投影されているような気がしました。もしかすると著者の自画像かもしれません。

パラフレーズなので聖書に知るものとして、各論については正直意義ありな部分もたくさんあります。「その解釈はないだろう」とか「それは信仰を浅薄化しすぎだ」とか「もっと掘り下げてほしい」と思う部分はあります。しかしそれはオリジナルのテキストがすぐに想起されるからで、私が長年読んできた物語が新しい形で表現されていることの裏返しであると言えるでしょう。聖書という有名なオリジナルをあえて語り直す、というのは作家として相当リスクの高い冒険家と思われます。行間から読み取るに、著者はかなり正統的な信仰をお持ちの方とお察ししますが、であればこそ余計にこのリスクを取り本書を出版する勇気を心から称賛します。

読んでいると作者の筆が走る様子が見えるような気がします。パラフレーズだからといって客観的な、あるいは冷たい筆致になることはありません。むしろ著者の頭の中でキャラクターたちが動き回っている姿が目に浮かびます。また書き手の情熱も伝わってきます。まるで行間から著者の信仰や人間性が漏れ出てくるようです。「書くとはなんと恐ろしいことか」と物書きの端くれとして改めて自戒させられました。

福音書の世界観を古代中東に固定せず新しい世界にいきいきと描き直す著者の筆力には脱帽します。私自身はフィクションは全く書くことができないのでより尊敬します。

実は、もしかしたら著者自身はそこまで考えてかもしれないかもしれませんがこの本が問うているのは「事実、あるいは史実とは何か」という問題だと思います。聖書観の問題とも言えます。「ありそうでなかったアプローチ」と先ほど書きましたが、このようなアプローチが今までなかったのにはそれなりに理由があるでしょう。それは「史実でないことを語る」危険への恐れであったりためらいかもしれません。あるいは「聖書とは一言一句神から与えられた神聖な書物である」というイメージから敬遠されてきたアプローチかもしれません。

 

しかし本書を読みながら「事実とは、史実とは一体なんだろう?」と考えざるを得ませんでした。展開されている世界観は明らかにファンタジーだし、著者の想像で誇張されている部分もかなります。それにも関わらず「聖書の事実」を伝えようとするというこのアプローチの目指すところは結構深く、またある種の痛烈な批判かもしれません。クリスチャンが聖書の読み方について「正しいか正しくないか、事実なのか事実でないのか」ということに拘泥している、実はもっと大切な部分が抜け落ちてしまっているのかもしれません。「聖書とは何か」が問い直されている昨今、「神学的な聖書論」ではなくてあくまで「フィクション」として本書が出てきた意味は小さくないでしょう。クリスチャンの方々の中には「聖書観が揺らいでいる」と危惧する向きもあり、もちろんその点は注意深くなければいけないと思います。しかし揺り動かされるからこそ落ちるべきものが落とされ、残るべきものが残るとも言えます。

あまり上手くまとめることができませんが、何が伝えたいかというと、とにかくアプローチが新鮮かつ十分に価値のある挑戦だということ。大塩さん曰く、10巻物になるそうなので焦らずに続きを楽しみに待つことにします。

大塩さんは「今まで聖書に興味をなかった人にも読んでほしい」とのことでしたが聖書知識の多くない一般的な日本人がこれをどう評価するのか、私も正直全然想像がつかないのでとても気になるところです。こちらで買えます!

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